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結婚相談『婚カツ屋』(ショートストーリー)

2019.03.10 18:04

 もうすぐ三十歳になるが、男友達すらいないわたしは、そろそろあせりを感じて婚カツでも始めようと思っていた。
 三年前は二年間付き合っていた彼氏がいたのだが別れてしまった。その時の彼氏の名前は高田聡といい、ルックスもそこそこ良くて真面目で優しい人だった。何よりわたしを本当に愛してくれていたので結婚相手には申し分なかったのだ。しかし、結婚を考える年齢が近づくと、このまま聡と付き合い続けて、結婚してもいいのだろうかと考え出したら、急に聡への気持ちが冷めてしまった。そしてわたしから別れを告げた。
 聡は信じられないような顔をして、どうしてかと何度も訊いてきた。どうしてかと言われてもわたしにも、よくわからなかった。結婚を意識しだしたら、急に気持ちが冷めてしまったとしか言えなかった。聡はなかなか納得してくれなくて、結局別れるということでなく、冷却期間を置くという理由で一度離れることにした。それからは聡には会っていない。
 聡と離れてからは、ポッカリと穴の空いた無色透明な日々になってしまった。そのまま無色透明な月日が流れ三十歳の声が聞こえてきて、やっと今の生活を変えないといけないと思いだした。そして婚カツを始めることにしたのだ。

 先週、婚カツするための結婚相談所をどこにするのかいろいろ調べてみたが、よくわからなかった。来店すれば、わかりやすく説明してくれるというのでアポをとり、今日はアポのとれた結婚相談所を回ることにしている。

「まずは、当センター『ネット婚』について、ご説明いたします」
「はい、お願いします」
「当センターの会員数は全国で約六万人です。男女の比率は、男性会員51%、女性会員49%と、ほぼ同数です。費用は入会金は一万円、月会費が一万五千円のみです。お見合い料や成婚料などは、一切かかりません」
「他に比べると安いですよね。サービスは大丈夫なんでしょうか」
「デートまではネットでのやり取りになりますので、低価格を実現しております」
「ネットでのやりとりだけですか? それで良い相手が見つけられますか」
「ネットですので、空いた時間にお相手を探せますし、気に入った方がいれば、すぐに会員様ご自身でアプローチをかけていただくことが出来ます。お見合い料がかかりませんので、費用を気にせずドンドンとアプローチかけていただけます」
「自分でアプローチするのは苦手です」
「ご安心下さい。そうした方のために、当スタッフが会員様のフォローをさせていただきます」
「フォローですか」
「私どものスタッフが会員様に代わり、気になるお相手にメールなどでアプローチをかけることもできます」
「なるぼど……」
「是非ご入会して下さい」
「あっ、はぁ、少し考えさせて下さい」
「さようでございますか、それでは良いご返事をお待ちしております。本日はありがとうございました」
「はい、ありがとうございました」


「ご来店ありがとうございます。私ども『ハッピーマリッジ相談所』のシステムについてご説明させていただきます」
「お願いします」
「私ども『ハッピーマリッジ相談所』はお客様の婚カツを親身になってサポートすることをモットーにしております。専属の担当者がお客様の婚カツを応援します」
「費用はどれくらいでしょうか」
「入会金など初期費用が五万円で月会費が三万円です。あとお見合いが決まればお見合い料が一万円です」
「成婚料もかかるのでしょうか」
「はい、めでたく成婚が決まれば十万円です」
「会員数はどれくらいでしょうか」
「約五万人です。男性が六割ですので、女性の方にとっては有利かと思いますよ」
「男性会員の方が多いんですね」
「さようでございます。是非、お客様のような魅力的な女性にご入会いただき、男性会員をご紹介したく思っております」
「あー、はい」
「ご入会いただけますか」
「少し、費用が高めで予算的にはしんどいかなと思っています」
「確かに、他社様より高めかもしれませんが、私どもは、お客様を徹底的にサポートいたします。婚カツするうえでのアドバイスも専属のスタッフが行いますので安心して婚カツができます」
「少し考えさせてください」
「はい、本日はありがとうございました。ご入会をお待ちしております」
「あっ、はい、こちらこそありがとうございました」

 しかし、結局、直接説明を聞いてもどこが良いのかよくわからない。高いお金を支払って、相手が見つからなかったらバカらしいし、かといって、お金をしぶって、見つからなかったら嫌だし、どうしたらいいんだろうか。
 そんなことを思いながら最後にもうひとつ回る予定にしている所へと向かった。ここはあまり期待できないような気がしている。先に行った二社はアポをとる時に時間を指定されたので、その時間に合わせて訪問したが、次の所は、いつでもいいので好きな時間に来てくれと言う。もし来た時に都合が悪かったら申し訳ないが日を改めてくれと言うのだ。なんといいかげんなんだろうと思った。電話の対応も横柄な感じがして、少しイラッときていた。本当は最初の二社のどちらかで決めるつもりだったので行くつもりはなかったのだが、二社で決めれなかったので、とりあえず行ってみることにした。
 最初の二社はオフィス街から少し歩いた所にあり交通の便もよく、明るいビルの中にオフィスを構えていた。
 しかし、これから行くところは下町の商店街と飲み屋街を抜けて人通りが少なくなってきた路地にあった。五階建てのビルの三階にオフィスはあるようだ。建物に入るとすぐ右側にエレベーターがあった。蛍光灯が切れてチカチカとして落ち着かない。エレベーターに乗ろうと思ったが五階に止まったままだったし、文字が消えて茶色くなったボタンを見て押す気になれず、三階まで階段で上がることにした。左側にある暗い階段を上がって行った。静かでわたしの足音がコツコツと響く。三階について通路を見渡した。三つのドアがあったので手前から順に見ていった。一つ目は聞いたこともない研究所だ。二つ目はダンス教室、そして三つ目のドアに行くとドアの右側に黒地に白い文字でかいた小さな看板が目を入った。
『婚カツ屋』
 ここだ。最初から変わった名前だなと思ったが、音だけ聞いたら、トンカツ屋さんと聞き間違えるだろう。
 わたしはドアの前に立ち大きく息を吸った。ドアのノブに手をかける寸前で体が固まってしまった。やっぱり帰ろうかと思った。
 すると、ドアの中央にあるスリガラスに人影が見えたと思った瞬間にドアが半分位開いた。
「どうも、いらっしゃい。昨日電話くれた人?」五十歳位の髭面の男が顔だけ覗かせた。
「あっ、はい」わたしは後ずさりしてから「こ、ここのシステムをお伺いしようと思って……」そう続けたが息が出来ないくらい緊張した。
「あーっ、やっぱり、昨日電話くれた人ね。なるほど、なるほど、ふーん」
 男はわたしの頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見た。そして「いいねぇ」と大きな声で言ってドアを大きく開いた。「さぁ、どうぞ」
 わたしは恐る恐るペンギンのような歩き方で中に入った。入るとすぐにパーテーションがあった。その向こうを覗くとソファがあり、奥に事務机があった。隅に炊事が出来る小さなスペースがあり、横に冷蔵庫が置いてあった。先に行った二社は結婚相談所らしいパステルカラーの壁に綺麗なポスターが飾っていたが、ここは殺風景で結婚相談所とは思えないオフィスだった。
「まぁ、座って」男はそう言って冷蔵庫から缶コーヒーを出してプルトップをあけた。
「あ、はい、失礼します」わたしはソファに座った。
「缶コーヒーがお茶くらいしかないけど、何か飲む?」
「あっ、いえ、大丈夫です」
「あっ、そう」そう言って男は缶コーヒーを飲み干してからわたしの前に座った。
「ここについて訊きたいことがあるんだって?」
「あ、はい、ここは結婚相談所ですよね」
「まっ、そうだね。他の結婚相談所とはちょっと違うかもしれないけどね。だけど、うちの方が絶対良いから」
「そ、そうなんですか」
「そんなに緊張しなくても大丈夫だ」
「あっ、はい」
「訊きたいことがあればドンドン訊いてくれ」
「入会金や会費はどれくらいですか」
「入会金や会費はいらない。成功報酬だ」
「成功報酬?」
「そう、俺が紹介した相手をあんたが気に入ってお付き合いはじめたら百万円だ」
「ひゃ、ひゃくまんですか。ちょっと高いですね」
「そんなことないよ、理想の相手が手に入るんだから安いもんだろ。成功報酬だから、無駄な金を支払う必要はないしな」
「確かに、そうですけど。お付き合いを始めたらというのは、こちらから伝えるわけですか」
「そうだよ」
「そしたら、わたしが嘘をついていたら無料ってことですよね」
「まぁ、そういうことだ」
「信用するわけですか」
「そうだ、そんなことで嘘ついてたら、幸せになれないぞ」
「会員数とかはどれくらいですか」
「会員ていうのはないな。俺がスカウトするんだ。だから俺が気に入らなければ紹介はしない。俺が良いと思った奴だけに紹介する。あんたはすごく良いよ。絶対に良い相手見つけ出してやるよ」
「会員がないって、あたしに紹介する相手が今はいなくて、これから探すわけですか」
「そうだ、あんたの理想の相手を見つけたら俺からあんたに連絡するよ」
「もし始めるなら、あたしはどうすればいいんですか」
「とりあえず、あんたのことを教えてもらって、理想の相手を教えてくれればいい。あとは俺があんたの相手を探すから」
「まったく、費用はいらないんですよね」
「成功報酬だ」
「それじゃあ、お願いしようかな」
「よーし、決まった。あんたのことを聞かせてくれ。それから写真を撮らせてもらうな」

 こうして、わたしは少し怪しい『婚カツ屋』で婚カツを始めることになった。怪しいけど、最初に費用がかからないし、いい相手を紹介してもらえなければやめればいいことなので、さほど期待せずに『婚カツ屋』でわたしの婚カツをスタートすることにした。
 期待していなかったのに、一週間後に連絡が入った。紹介したい相手が見つかったので、近いうちに来てほしい、と言う。わたしは、次の土曜日の昼過ぎに『婚カツ屋』に行けると告げた。

 今日はエレベーターで三階へ上がった。一番奥の『婚カツ屋』のドアをノックした。
「どうぞー」と男の声がしたので中に入った。
「失礼します」わたしはパーテーションから顔を覗かせた。男はソファに座ってテーブルに資料を広げていた。男性の写真が見えた。
 紹介してくれた男性は、わたしの理想に近い男性で、わたしは舞い上がった。
 しかし、怪しいんじゃないかという気持ちもあった。わたしがこの男性と付き合うと決めて百万円を支払った途端に、男性がドロンしてしまうんではないだろうか。
 それに、これだけレベルの高い男性を紹介してくれるのだから、もう少し他の男性も見てみたくなり、一人目の男性は身長が少し低いと言って断った。
「身長が低いかぁ」『婚カツ屋』の男は後頭部を掻いた。
「はい」少し申し訳ない気がした。
「確かにあんたが背が高いからなぁ。俺は、この男は良いと思ったんだけど」腕を組んでから天井を見上げた。
「ごめんなさい」あたしは頭をペコリと下げた。
 『婚カツ屋』は、その後も次から次へとなかなかレベルの高い男性をあたしに紹介してくれたが、あたしも次を期待して妥協せずに断り続けた。
「これでもダメかよ。あれだけの男はなかなかいないぜ。そろそろ妥協しろよ」
『婚カツ屋』の男は、そう言いながらも次から次へと紹介してくれていた。あたしは、ここまで粘ったら百パーセント満足する相手まで粘ることにした。
 すると、徐々に紹介する男性のレベルが落ちてきて、最近では紹介すら無くなってしまい『婚カツ屋』からの連絡も無くなってしまった。あたしは『婚カツ屋』の男に連絡をとった。
「最近は紹介が無くなってるんですけど、どうしてですか」
「そりゃそうだろ。最初の頃は、あんたもまだ二十代でルックスも良かったから、そこそこの男も紹介できたけど、あんた、ずっと断り続けて、もう四十代だぜ。紹介出来る男も減るに決まってるだろ。金をしぶってなかなか決めないから、こんなことになるんだよ。金は取り返せるけど歳は取り返せないからな。最初のうちに決めておかないと、こういうことになるんだよ」
「別にお金をしぶってたわけじゃないわよ。あなたを信頼したからじゃない。次はもっと素敵な男性を紹介してくれると信じてたのよ」
「しかし、もう無理だな。あんたの理想を変えてもらわんとな。年齢が二十五歳から三十五歳で初婚、ここがあんたの年齢になるとなかなか見つからない」
「はぁ」
「四十代なら一人は紹介出来るけど」
「いいわ、その人紹介してよ」
「わかった。すぐに連絡する。来週には相手の男の情報を渡せると思う」


「こんにちわ、紹介してくれる男性の情報を教えてくれますか」
「おぅ、相手の男は、あんたのこと、知ってるらしい。是非、お付き合いしたいそうだ」
「えっ、相手の男性は、あたしのこと、知ってるんですか」
「みたいだな。こいつだ」
 男性の写真付の履歴書のようなものをあたしの前にすべらせた。
 あたしはそれを見た瞬間、目を見開いた。
「この男……」
「あんたもこの男知ってんのか」
「この男性の名前は?」
「高田聡だ」
「やっぱり」
「知り合いか」
「元カレなの」
「そうか、男は、今でもあんたと付き合いたいようだ。どうする?」
「うん、あたし、彼にわがまま言って別れたこと少し後悔してたから、もう一度、彼とやり直してみるわ」
「わかった、それじゃあ、この男で決まりだな」
「はい、結婚を前提に彼とやり直してみます」
「はぁ、長かったなぁ。これで、やっと成功報酬の百万円が入るわ」
「えっー、百万円払うんですか? 相手はあたしの元カレですよ」
「当たり前だ。元カレだったとはいえ、俺が紹介したんだ」
 こうして、あたしと聡のすごく長くて高い冷却期間は終わった。
「なんか、バカみたい。時間かけて、お金使って、元カレとやり直すなら、最初からそのままで良かったのに」あたしは、ため息をついた。
「それはしかたない、神様がタイミングを合わせてくれたんだよ」
 『婚カツ屋』がガラにもないことを言って、冷蔵庫から缶ビールを出してきた。コップに半分ずつ注いで、あたしに差し出した。
「これからのあんたら二人の幸せに乾杯だ」
『婚カツ屋』がまたガラにもないことを言った。
 二人でコップを合わせコツンと鳴らした。『婚カツ屋』は一気に飲み干した。あたしは一口だけ飲んでテーブルの上の聡の身上書の写真を見た。少し歳はとっているけれど、笑っている顔は、あの頃と変わらないなと思い、あたしも笑顔になった。
 『婚カツ屋』の言う通り、今が一番いいタイミングだったんだと自分に言い聞かせた。





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