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家族愛(ショートショート)

2019.01.28 12:04

 男の足取りは重たかった。駅の階段を一段ずつ、ゆっくりと上がっていた。それだけで息が切れた。
 エスカレーターを使いたかったが、妻から使わないように言われている。男の健康の為にだ。確かに最近は運動不足でメタボになっていた。
 若い奴が階段を一段飛ばしながら駆け上がり、男の隣をすり抜けて行った。駅のアナウンスが流れる。ホームに電車が入ってきたようだ。
 電車一本くらい乗り遅れてもいい。この時間ならすぐに来るだろう、男はそう思った。
 ホームに着いた時には、電車のドアは閉まっていた。さっき、階段で抜いて行った若い奴がドアの向こうに立ち、スマホを見ている姿がチラリと見えた。電車が動き出し、すぐに視界から消えていった。
 男は次の電車を待った。次の電車は遅れているようで、しばらく待った。空気が冷たくて、首をすくめた。電車を待つ時間が長く感じた。やっと電車がホームに入ってきた。前の電車より乗客が多かった。男は電車に乗り込んだ。身動きがとれないほど混んでいた。グイグイと奥へと押されて倒れそうになった。つり革に掴まって、何とか体を立て直した。右手でつり革を握り左手で鞄を抱えた。
 電車内は男と同じような連中であふれていたが、中には若い奴もいる。若い奴等はスマホでゲームをしているようだ。つり革に掴まらなくても立っていられる足腰が羨ましい。

 男は俯いて目を閉じた。
 出世は、同期の中では、少し遅れているなと思った。出世欲がある方ではないが、少し焦っている。
 妻と子供を養う為には、もう少し収入がほしいから頑張らないといけないと思った。
 家のローンもまだまだ気が遠くなるくらい残っている。
 実家の両親も年老いてきているので、体が心配だ。
 車内アナウンスが自宅の最寄り駅を告げた。男は目を開けた。
 駅に到着した。男は他の乗客に道を開けてもらい、すり抜けていったが、出っぱったお腹と鞄が邪魔をした。スイマセンと言いながら、何とか電車から降りた。真冬なのに汗だくになった。
 どこかで煙草でも吸いたかったが、息子と禁煙の約束をしたばかりだったので我慢をした。酒を飲みに行くのも経済的な理由から、外で飲むのは我慢している。まっすぐ自宅へと向かった。汗が引いて寒くなった。少し雪がちらついていた。ダウンジャケットのファスナーを上げ首をすくめた。

 駅から自宅へと向かっていると、前から薄気味悪い老人が歩いてくるのが見えた。少しフラフラしているようで、酔っぱらっているのだろうかと思った。男とすれ違う時に老人が声をかけてきた。
「あんた、疲れてるね」老人が笑いながら言った。
 男は老人の顔を見た。酔ってはいないようだった。目元や口元に深い皺があるが、自分より若々しい表情をしていると思った。瞳が輝いて綺麗だ。笑顔にぬくもりを感じた。
「……」
「元気出しなさいよ」老人は優しい声で言った。
「あっ、はい、ありがとうございます」
「あんたの肩には、沢山、何かが乗っかってるよ」老人は眉を上げおでこに皺を寄せて、そう言った。
「えっ、か、肩に」男は左右の肩を交互に見て、手で払う仕草をした。肩に乗っていた雪が落ちた。
「乗っかってるだろう」老人は眉を上げたまま、優しい眼差しを向けた。
「雪ですか」
「違うよ。わからんかな」
「は、はい、わかりません。雪以外は何も乗っかってません」
「いいや、乗っかってるよ。あんたには見えないのかい」
「見えません。霊とかですか」
「いやいや、霊ではない」老人はゆっくり首を横に振った。
「じゃあ、何が乗っかってるんでしょう?」男は又、左右の肩を交互に見た。
「ハハハ、わからんのか」
「……」男は首を傾げた。
「あんたの肩には愛が乗っかってる」
「あ、愛、ですか?」
「そう、愛じゃ。沢山の愛じゃ。大切にしろよ」
 老人はそう言って駅の方へ歩いていった。
 


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